ブルックナー/メモランダム①ー演奏家群像

 吉田秀和『今日の演奏と演奏家』(音楽之友社 1970年)の終章2つでは、ブルックナー論が展開されており参考になります。なんと言っても35年以上前に書かれたもの(初出は「レコード芸術」1969年7・8月号、11月号)ですので、現代のリスナーからすれば、古式ゆかしく映る部分も多いかと思いますが・・。
 「ブルックナー その1」では、ヨッフムーセルーハイティンクーフルトヴェングラーとクナッパーツブッシュが、「ブルックナー その2」では、カラヤンーシューリヒト、ショルティが論じられています。ヨッフムについて次の引用をメモしておきたいと思います。
 
 「彼には、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュのように、やたらルバートを入れたり、思いがけないところでテンポを大きく変化させたりする癖がないので、全体の形、輪郭を知るのに妨げられることはない。それに、この人は、残響を豊かにとって、例のブルックナー特有の頻出する休止のはさまる所でも、前の音をたっぷり残しておくよう注意していることがわかる。・・・ヨッフムのブルックナーには、彼自身がいっているように、このオルガン的音響への強い配慮があるのである」(pp352-353)
 
 ヨッフムの良さを見事に言い切ってくれていると膝を打つ一方、クナッパーツブッシュの感情豊かなルバートや自由なテンポとりによって、聴く者を陶酔の境地に引き込む「魔術」の手にやすやすと(あるいは自ら飛び込んで)落ちる快感もまたよし、とする私にとっては悪口には思えないところもあります。音質を気にしなければ、クナの4番(ベルリンフィル 1944年JDISK KCー2006)などはその典型と感じます。
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