ブルックナー/メモランダム⑤の5ーE.ヨッフムの論考

  ブルックナー/メモランダムの⑤では、5人のブルックナー論を取り上げました。有名な2人の校訂者(ハース、ノヴァーク)のほか、朝比奈隆とフルトヴェングラー、そして今回のE.ヨッフム(Eugen Jochum)の3人のブルックナー指揮者の泰斗です。
 
 ヨッフムの父はオルガニスト兼合唱長、兄は宗教音楽の権威、弟も指揮者という典型的な音楽一家で、彼のブルックナーへの造詣はこの家族構成をみても得心するところがあります。
 古い話ですが、1968年9月10日ヨッフム/アムステルダム・コンセルトヘボウ交響楽団でベートーベンの5、6番ほかを東京にてライブで聴きました。はじめて海外オケを実演で聴いた忘れえない日です。この時の来日公演プログラムでは、ヨッフムは9月8日に東京ではたった1回ですがブルックナーの4番を振っています。いまなら、間違いなくそちらに行くところですが、残念ながらクラシックを聴きはじめた頃で、未だ「ブルックナー開眼」の前でした。
 
 ヨッフムの1964年「第5交響曲の解釈について」(渡辺裕訳/出典は⑤の1に同じ)では、ブルックナーの交響曲各曲の「頂点」に関して独自の分析があります。
 6番では第1楽章が頂点で前半2楽章が内容的には重く、後半2楽章は「解体傾向」にある。7番では第2楽章が頂点でこれは「スコアのページの上で作品のほとんど真中におかれている」。
 5番は最終楽章の最後のコラールが頂点、4番も5番に近いが第1楽章が重いことが5番との違い。8番も5番同様にフィナーレに頂点を迎える。そうした曲別の頂点の違いを意識して、演奏においてもエネルギーの配分をすべしとヨッフムは語っています(pp.228-229)。.
 ヨッフムはこうした確固たる分析に立脚してブルックナーの全曲を取り上げてきたわけです。彼の演奏で、ある楽章に他の指揮者に比べて時に物足りなさを聴き手が感じたとしても、それは彼の一貫した解釈からすればなんら顧慮するに及ばないのかも知れません。
 
 5番の楽曲論に関して、ヨッフムは神経質なくらいスタッカート、ポルタート、レガート、テヌートの違いを強調しています。また、ブルックナーが考えたであろうオルガン演奏のマニュアル操作の切り替えといった専門的な技法のアナロジーを交響曲演奏の細部に適用しています。このように、交響曲全体の組み立てをしっかりと意識しつつも、部分部分では細心のモデレへの注意も怠らない。陳腐な連想かも知れませんが、大伽藍の棟上げから床の間の「雅」や「侘び」の演出まで、一徹にやりぬく名「宮大工」の棟梁のような風貌をヨッフムの横顔にふと投影したくなります。
 
<コンサートの記録>
 
1968年9月10日:アムステルダム・コンセルトヘボウ/東京文化会館
◆ベートーヴェン/エグモント、序曲
◆ベートーヴェン/交響曲第6番
◆ベートーヴェン/交響曲第5番
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