ブルックナー/メモランダム⑧ーS.チェリビダッケ

 S.チェリビダッケ(Sergiu Celibidache)の名前は、1960年代からクラシック音楽の一ファンになった者にとっては、戦後のベルリンでフルトヴェングラーやカラヤンと活動の時代が重なり、その後、杳として表舞台から消えた「幻の名指揮者」として鮮烈に記憶に刻まれました。「フルトヴェングラーと巨匠たち」という映画があり、チェリビダッケは「エグモント」序曲を振りましたが、正面を見据えた厳しい表情で、これは恐そうな人だな、というのが映像からの第一印象でした

 時をおいて、NHK-FMで彼の名前が登場します。1969年ヘルシンキ芸術週間でのベートーヴェン第5番ピアノ協奏曲は、ミケランジェリのピアノ、チェリビダッケ指揮スウェーデン放送響の演奏。ミケランジェリもレコードが極端に少なく、当時、これはライブによる両完璧主義者の「皇帝」として好事家の間では話題になりました。

 「内攻する演奏」ー内に向かって集中力が凝縮していく演奏という点で、チェリビダッケはその師であり、のちに袂をわかつフルトヴェングラーと共通するところがあると思います。また、他では決して聴くことができない彼独自の演奏スタイルをどのオケとの共演においても堅持するという点でチェリビダッケは異彩を放っています。

 ブルックナーは、フルトヴェングラー、チェリビダッケともに自家薬籠中の演目です。チェリビダッケは、ベルリンフィルの戦後復興期の立役者であり、フルトヴェングラー復帰までの間、首席指揮者の地位にありながら1954年に突然身を引くことになります。その後、フルトヴェングラーが復権し歴史的な名演を次々に残し、没後はカラヤンがその跡目を継いで世界最高の機能主義的なオケへとベルリンフィルを導きます。カラヤンの機能主義は、極論すれば、どんな指揮者が振っても、ボトムラインなく高水準を維持するドイツブランドの「自動精密機械」とでもいうべきイメージをベルリンフィルに付与しました。

 一方でチェリビダッケの流儀はこれと対極とも言えます。ベルリンを去ってのちチェリビダッケはさまざまなオケと共演しながら、徹底した練習によって、楽団の演奏スタイルを強烈に自分流に変えていくと言われました。また、どの作曲家を取り上げても「チェリビダッケの・・」と冠したいような独創性がその身上です。

 ブルックナーの交響曲は、指揮者によって解釈の余地の大きい、演奏の自由度の高い作品であり、チェリビダッケにとっては自分の個性をぶつけやすい演目と言えるのかも知れません。1990年10月10日渋谷のオーチャードホールで8番(ノヴァーク版1890年)を聴きましたが、テンポは厳格にコントロールしながら音のダイナミズムを変幻自在に操り、先に記したとおり「内攻し続ける」演奏でした。確信に満ちた演奏であり「天上天下唯我独尊」といった言葉を連想しました。

 チェリビダッケは、ヴァイツゼッカー大統領の要請をうけ、1992年にベルリンフィルとの決裂後の最初で最後の演奏会を38年ぶりに果たします。その演目はブルックナーの7番でした。彼がいかにブルックナーに自信をもっていたかの証左ではないでしょうか。

<コンサートなど記録>

1968年8月25日映画「フルトヴェングラーと巨匠たち」:ベルリン・フィル

(原題:Botschafter der Musik)

◆ベートーヴェン/「エグモント」序曲

 

1990年10月10日:ミュンヘン・フィル/オーチャードホール
◆ブルックナー/交響曲第8番

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