ブルックナー/メモランダムⅢ⑤ーR.ワーグナー(5)

 1986年11月9日ベルリンで「神々の黄昏」を聴きました。以下はその感想です。
 
 「神々の黄昏をベルリンで聴く。Deutsche Oper Berlinで、隣りに座ったドイツ人のおばあちゃんによれば、指揮者のHeinrich Hollreiserは齢75歳とのこと。
 なにより演出が群を抜いていた。極めて大胆。第1、第3幕の炎の場面(特に第3幕のワルハラ城の落城)は圧巻。第2幕の結婚式前後の緊張感、第3幕冒頭のラインの流れの濃青の美しさ、終幕の黒と白のモノトーンな、しかし象徴的なコントラスト。ただ、ただ溜息をつくばかり。豪華でモダンでちょっぴりシニカル(バイロイトの正統性に対する異端?)。
 歌手ではKolloが良かった。本当に深い悪魔的なバスをうまく表出していた。オケ、合唱ともに大変な迫力。おばあちゃんはオケが鳴りすぎだ・・と言っていたが、歌手の声は十分、上を突き抜けていた。実力あるオペラである。おばあちゃんは華奢でインテリぽくて、そのくせ世話好きで良い人だった。ジークフリートの死では『これから死ぬのよ』と教えてくれ、ワルハラ落城では袖を引っぱり『もっと中央に寄って見ろ』と言ってくれる。また、『あれは自殺よ』と最後の場面で耳打ちする。ベルリンらしい(ラインの乙女のコスチュームを含めて)演出と素敵なおばあちゃんーベルリン体験初日を飾るに相応しい一夜であった」。
 
 「ニーベルングの指輪」は1876年8月13日から17日にかけてバイロイトで初演されますが、第3シンフォニーをワーグナーに献呈したブルックナーは招かれてこれに参列しています。敬虔なカトリック教徒の彼はGoetterdaemmerung「神々の黄昏」という含意をどう受け取ったことでしょうか。それともワーグナーには心酔しつつも、その標題音楽には与しなかったブルックナーは純音楽的に「プロ作曲家」としてこれを読解したのでしょうか。
 9年後の1885年8月25日にブルックナーは第8シンフォニーの草稿を仕上げ、「聖フロリアンの守護聖人である聖アウグスチヌスの日、彼は、この新しい交響曲の幾つかの動機を、ワーグナーの『神々の黄昏』の中の幾つかの主題と織り合わせて、聖フロリアンの修道院聖堂において壮大なオルガンの即興演奏により公表した」。※1
   ブルックナーの心の深奥に『神々の黄昏』は受容され、それが交響曲のなかに懐妊された瞬間でした。
 
※1:シェンツェラー(メモランダム⑥の3)pp.117-118から引用
 
<コンサート等の記録>
1986年11月9日 ベルリンドイツオペラ: H.ホルライザー ベルリンドイツオペラOr&Ch
◆ワーグナー 神々の黄昏
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