ブルックナー/メモランダムⅣ⑥ーW.フルトヴェングラー(3)

 『フルトヴェングラーと巨匠たちーベルリン・フイル物語』(原題:Botschafter der Musik)を見たのは1968年8月25日でした。ここではチェリビダッケもチョイ役で出てきますが(「メモランダム⑧ーS.チェリビダッケ」を参照)、表題のとおりフルトヴェングラーが中心であり、1954年、彼の没年に制作されています。映画のなかで、フルトヴェングラーはシューベルト「未完成」、ワグナー「マイスタージンガー」第一幕への前奏曲、R.シュトラウス「ティル・・」を振っています。
 
 当時、フルトヴェングラーといえば、ベートーヴェンの第3,5,7,9番(ウイーン・フィル)などが、EMIから疑似ステレオ化されて登場し圧倒的な影響力がありました。その一方、ブルックナーについて国内レーベルでは≪第7,8番(ベルリン・フィル)≫のみリリースされていたと思います。
 
 フルトヴェングラーは、1886年1月25日ベルリン生まれで、20歳にして1906年にカイム管弦楽団を指揮しデビューを飾ります。その時の演目は自作のアダージョ、ベートーヴェンの序曲、そして≪ブルックナー交響曲第9番≫と伝えられています。その意味で、ブルックナーは一生忘れることのできない思い出深い作曲家であったでしょう。
 フルトヴェングラーのブルックナー論の存在(「メモランダム⑤の4ーW.フルトヴェングラーの論考」を参照)については既にふれましたが、そこではラテン系の国々(ないし聴衆)への受容の難しさをやや慨嘆気味に語っています。しかし、戦後、パリなどでのブルックナー演奏は圧倒的な成功を収めますから(メモランダムⅣ⑤掲載本p.169)、晩年での思いには変化があったかも知れません。
 脇圭平・芦津丈夫『フルトヴェングラー』(1984年 岩波新書)でもブルックナーについての記載(同書p.64など)はありますが、全体のなかでは扱いは小さく、さして紙幅はさかれていません。
 
 ブルックナー演奏について、特に近年、原典版テキスト回帰の潮流が強いですから、フルトヴェングラーの一種デモーニッシュな演奏は敬遠される傾向もありますが、私は聴くたびにその凄さに感嘆する一人です。但し、CDなどで持ち歩いて聴くには不適で、挙手を検めて「さあ聴こう」といった感じですが・・・。
 
 思想的な話は別として、ことブルックナーに関してはフルトヴェングラーがウイーン・フィル、ベルリン・フィル双方を拠点として演奏、録音を展開したこと、アメリカや欧州各地でブルックナーを積極的に取り上げていることに注目したいと思います。もちろん、フルトヴェングラーは、ブルックナーに限らずヒンデミットなどの啓蒙普及にも尽力していますが、ブルックナー受容についてはその功績がもっとも顕著な指揮者の一人であると考えます。また、現代の多彩なブルックナー演奏の可能性を明確に示唆したという点においても、ブルックネリアーナ指揮者の系譜(「ミニコラム⑤ーブルックネリアーナ指揮者」)に貴重な一ページを残したことは間違いないでしょう。
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