ブルックナー/メモランダムⅤ①ー ゲルマンの森(1)

 カール・ハーゼル(山縣光晶訳)『森が語るドイツの歴史』(1996年 築地書店)<原題:Forstgeschichte:Ein Grundriß für Studium und Praxis by Karl Hasel @1985 Verlag Paul Parey>からの引用、というよりも抜き書きです。まずは名称編です。
 
■森の関係する名称:ハルト、ブッシュ、ホルツ、ハイデ
→ロー:広葉樹の森の場所、小さな茂みや明るく透けた木々のまばらな森
→ハイン:保護された森(ハインシュタット)
→ハイデ:空いた、広々とした土地の総称
→ブラウエン:険しくそびえる山
→ブレゲンツ:ブリク(ケルト語の「山」)に由来し山々の前の街
→フェルトベルク:伐採、開墾された山の尾根
→ホェレ:暗い森のなかにある峡谷(天国の反対) -p.44
 
■開墾・入植からみる地名の古さ
<もっとも古い>アファ、ラール、マール、ステット
<初期の土地開墾時代>アッハ、ベルク、ブルン、ドルフ、フェルト、ハウゼン、ホーフェン、レーベン、ヴェルト
<中世の最盛期>ロート、ラーゲ、リート
→火による開墾の方法:ブラント、サンク
→教会の名前や聖人の名前をもった地名も大開墾時代 -p.56
 
■炭焼きに関する名前
<森の名前>コールヴァルト、コールプラッツ、コールグルーベ
<人々の名前>コーラー、ブレンナー、ゼンガー         -p.82
 
■木の種類との関係
<ミズナラ>アイヒ(Aich)、アイヒドルフ、アイヘン(Eichen)
<ブナ>ブーヘン、ブーフ、ブーコフ(スラブ語)
<ポプラ>ベレ、ベレン、ベリンゲン
<トネリコ>エッシェンバッハ
<ビルケ(カンバ)>ビルケナウ、ベルケン             -p.130
 
 オーストリア政府観光局のHPから、ブルックナーの故郷についての記述を次に見てみましょう。
 「オーバーエステライヒ州の州都リンツは人口20万余、ウィーン、グラーツに次ぐ第三の都市で、オーストリア最大の工業都市であると同時に、古い伝統文化の遺産をも残しています。
 ケルト人の集落、古代ローマの砦を経て、河川交易で栄え、宗教改革の時代にはケプラーがここで天文観測に従事、モーツァルトはリンツ交響曲を作曲しています。更に、ブルックナーはリンツ南部のアンスフェルデンに生まれ、オーストリアを代表する作家のひとりアーダルベルト・シュティフターはこの街に住み、晩年の大作「晩夏」や「ヴィティコ」を執筆しました」。

 

 ブルックナーが幼少期から青年期まで過ごした地域は、平坦な丘陵地帯であり、深い森のなかでの生活ではありませんが、近くに森を抱いたなかで、しかも歴史的には早い時期に開墾され、11世紀以前に起源を有する聖フローリアン教会という典型的な大教区であったことがわかります。

(写真はK.ハーゼルが本書を脱稿したドイツ/フライブルク)

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