ブルックナー/メモランダムⅤ⑥ ーミサ曲:E.ヨッフム(2)

 吉田秀和『レコードと演奏』(1976年 音楽之友社)のなかに、「ヨッフムのブルックナー≪ミサ≫ーよみがえる礼拝堂での演奏ー」という文章があります。主として第2番(ホ短調)ミサについてのコメントですが、次を引用します。
 
 「解説書を読むとよく、ブルックナーのこの3曲は、ニ短調がモーツアルトの≪レクイエム≫から生まれたものであり、ヘ短調がベートーヴェンの≪ミサ・ソレムニス≫の世界に近いのに対し、ホ短調は教会旋法といい、模倣的ポリフォニーといい、パレストリーナの対位法的スタイルに最も近い。しかもそこに近代的和声法が加わっているのが、この曲であるなどと書いてある。・・(中略)・・不思議な音楽である。こういうものが時代も下って、19世紀の後半に書かれたのだ。これはまた、セザール・フランクともまるで違って、『神秘主義的』とか、およそ『何的』というものでなくて、それ自体ほかにかえがえも類似したものもない。まったく独立独歩の品質をもってひとりだちしている精神の所産として存在しているのである。天才の奇跡である。いや、彼の果した仕事がどうみても歴史的状況の枠からはみだした奇跡にみえてくる人それが天才なのである。この曲を、まだ知らない人があったら『これをはじめてきくことができるなんて、あなたは何と幸福な人だろう』と、私は話しかける」(pp.151-153)
 
 最後の一文はやや人を食ったような感じもありますが、ブルックナーの天才はこの3曲の宗教曲によって明らかとなったことには多くの同様な指摘があります。
 
 次に、相良憲昭『音楽史の中のミサ曲』(1993年 音楽之友社)では3曲について下記のようにコメントされます。
 
「ミサ曲第1番ニ短調
 ・・リンツにおける初演は大好評だったという。その理由はいうまでもなく、このミサ曲が芸術作品として高い水準にあるだけでなく、典礼音楽として要求されるすべてのものを満たしていたからであろう。まさにこの作品はハイドンからベートーヴェンやシューベルトに伝えられたウイーン典礼音楽の伝統の正当な後継者としての資格を充分に備えているといえる。・・(中略)・・細かいことではあるが、このミサのグローリアとクレド(第2番も同様であるが)では、ハイドンの晩年のミサ以来当たり前のようになっていた、冒頭部分(イントナツィオ)からの作曲を行なっておらず、イントナツィオは伝統的なグレゴリア聖歌に任せている」(p.332-333)
 
「ミサ曲第2番ホ短調
 ・・このミサ曲の編成はユニークで、8部の合唱(独唱なし)と管楽器(オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット2,トロンボーン3)からなる。この少々異様な編成にもかかわらず、この作品も全体としては典礼音楽の枠に忠実な作品である。とくに全曲を通じて対位法の手法が強調されている。ただし、旋律や和声構成はむしろ後期ロマン派そのもので、そのためにたとえば伝統的な対位法的技法であるフーガなどの響きが異様な印象を与える場合もある」(p.333)
 
「ミサ曲第3番へ短調
 ・・この作品こそはロマン派のカトリック典礼音楽の最後の傑作といっても過言ではないと思われる。曲の演奏は4部の独唱と合唱、それに通常の二管編成のオーケストラの伴奏で、曲全体の長さは約50分である。だから『大』ミサの名に恥じないが、規模の問題よりもむしろ曲に内在する宗教的精神の崇高さこそが『大』ミサたる所以であろう。旋律や和声は第2番のミサ曲よりも穏当な感じを与えるが、決して保守的だったり後退したりしているというのではない。ブルックナーは自らが到達したミサ曲の作曲技法を余裕をもって駆使しているのである」(p.334)
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