ブルックナー/メモランダムⅥ⑧ー 帝都ウイーン物語(2)

 “Die erste und die letzte Begegnung zwischen Hugo Wolf und Anton Bruckner”:Friedrich Eckstein (高橋巌訳:「ヴォルフとブルックナー 出会いの時と別れの時」※)という随筆がある。
 
 著者のエクシュタインは裕福な実業家の息子で音楽、文学、哲学、数学から神秘学までにつうじたディレッタント。ブルックナーやヴォルフに対しては最大の理解者にして一時はブルックナーの私設秘書およびパトロンだった人物。
 そのエクシュタインのはからいによって、それまで直接面識のなかったブルックナーとヴォルフがウイーンの郊外のクロスターノイブルク(Klosterneuburg)ではじめて共通の友人とともに会い、その後親交をふかめる経緯とブルックナーの死の病床での二人の別れが述べられている。当時の関係者による第一級の資料価値のあるドキュメントだろう。しかし、ここでは別のことをメモしておきたい。
 
 ブルックナーはエクシュタインとともに往路は幌なしの小馬車でクロスターノイブルクへいき、帰路は鉄道でウイーンにもどっている。その小ピクニックの風景描写がとても良い。当時の都市生活者がこうしてウイーンの郊外へ息抜きにいき、自然と人情にふれる様が生き生きと記述されている。一文を引用する。
 
 「素晴らしい春の朝だったので、われわれは鉄道ではなく、無蓋の辻馬車を利用することにした。ブルックナーにとって、風に吹かれて、彼の言う『小馬車』(ヴァーゲルル)か橇で野外へ遠足に行くことぐらい大好きな楽しみはなかったのである。馬車からの眺めは素晴らしかった。フランツ・シューベルトの生まれた家のあるヌスドルファー街を通って、ホーエ・ヴァルテを越え、ハイリゲンシュタットを通ると、しばらくの間、かって田園交響曲構想中のベートーヴェンに霊感を与えたといわれるあの小川に沿って進む。レオポルド山の嶮しい砂岩の崖とドナウの大激流の間にはさまれて鋭く曲折する道から、すぐにクロースターノイブルクの全貌があらわれる」(p.91)
 
 地下レストラン附属のテラスで楽しく語らい、地元のワインに酔いしれ、美しい夕暮れとともに三等車でウイーンに戻るも、なお余韻さめやらぬ(あるいは酒の勢いがつき)ウイーンの行きつけの食堂で深夜まで語る・・という展開がこのあとも続く。エクシュタインが経済的に豊かであったこともあろうが、ここで語られるウイーン気質の生活は羨ましい限りである。環状道路建設で都市改造中のウイーンは蓋し、煤塵にまみれていただろうが、それゆえに郊外の美しさはまたひとしおであったかも知れない。帝都ウイーンでの生活が偲ばれる貴重な随筆である。
 
※『エピステーメ ウイーン明晰と翳り』(1976年5月号 朝日出版社)
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