ブルックナー/メモランダムⅨ②ーE..ヒース

  ブルックナーについて
 
 エドワード・ヒース(元イギリス首相)は音楽家としても有名で多くの楽団の指揮もとった人物だが、『音楽』(別宮貞徳訳/原題 MUSIC: A Joy for Life ; Edward Heath 1980年 日貿出版社)という自著のなかでブルックナーとマーラーについて興味深い指摘をしている。 
 1930年代後半、1916年生まれのヒースは当時、オックスフォード大学で学んでいたが、この時期に実演でブルックナーやマーラーが演奏されることはほとんどなかったという。彼はレコードでブルックナーの4番を「ひっきりなしに聞き」その印象を次のように語っている。
 
 「新鮮でのびのびしていてー今なら、いささか天真爛漫ともいいたいところだがー音楽のほんとうの喜びといったものが伝わってくるようだった。<中略>独裁と戦争におびやかされていた30年代の私たちには、ブルックナーは、自然の世界から何かほっとするものを生活にもたらしてくれるような気がした」(p.40)
 
  そのほか、ここでヒースは、当時ブルックナーの4番をシューベルトのハ長調交響曲「グレート」の延長においてとらえていたことをの述べ、その後、ブルックナーを研究し7,8番(特に7番のアダージョ)をとても高く評価している。このブログでもかって取り上げたが、かのフルトヴェングラーがドイツ語圏以外でのブルックナー受容の冷淡さを慨嘆したいるけれど、1930年代の終わりのイギリスにおいて、なお、ブルックナーやマーラーが演奏会ではめったに取り上げられなかったことがわかる。その一方で、さきのメモランダムで書いた日本での初演動向の先進性は驚くにたる現象であったとも言えるかも知れない。
 その一方、ヒースのような早熟な学徒において、若者の「ハシリ好き」ということはあるにせよ、「オックスフォードでは、当時ちょうどブルックナーの歓喜、マーラーの興奮を発見したばかりだった」(p.39)とのべ、両者に一定の理解を寄せていたことも興味深い。
 
 さらにヒースは、この時期のすぐれた身近な音楽家(作曲家、ピアニストにして音楽理論家)としてサー・ドナルド・トヴェイなる人物を紹介し、「1950年代、60年代にヨーロッパ、アメリカでブルックナーとマーラーの人気が急上昇する20年も前に世を去った」(同)トヴェイが両作曲家(とりわけマーラー)に強い関心を寄せ、そのイギリスにおける普及を強く期待していたことの先駆性に紙面を費やしている。
 ヒースはブルックナーにせよマーラーにせよその楽曲の長さは一切気にならないと言っている。また、マーラー音楽の構成の複雑さやオーケストレーションの豊かさをトヴェイの言葉を借りて紹介しているが、ブルックナー音楽の心の動静に与える影響、聴き終わったあとの一種の心の「浄化」作用にも若き日から気がついていたことが読み取れる。
広告
カテゴリー: 本・論考・インタビュー パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中