ブルックナー/メモランダムⅩ②ーカラヤン

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カラヤンの功績
 
 第二次大戦後、フルトヴェングラーが苦労のすえ古巣のベルリン・フィルの指揮台に再び立ち、どれほどその復興に尽力し、それはベルリン市民のみならずドイツ国民全体に勇気を与えたことか。同様に、冷戦下の大変厳しい政治環境にあって、カラヤンが、世界最高のスキル・フルな楽団としてのベルリン・フィルをいかに手塩にかけて育て上げ世に問うたか。それによって、当時「孤島ベルリン」の安全保障になんと有形・無形の貢献をしたことか。
 
 いまから過去を振り返れば、至極あたりまえに見えることが、両人の血の滲むような努力なくしては決して成し得なかったことを考えると、フルトヴェングラーからカラヤンにいたる連続した時代の重みをズシリと感じます。20年ほど前にベルリンに1週間ほど一人滞在し、街を歩き回りました。まだ、ベルリンの壁が崩れる前でした。そこでベルリン・フィルも聴きましたが、一番の感想は上記のようなことでした。
 

 一方でベルリンが解放され、東西ドイツが統一される過程で、カラヤンとベルリン・フィルの蜜月にピリオドが打たれます。ベルリンにおける音楽の、そして広く安全保障の「守護神」としてのカラヤンの役目はこの段階で既に終わっていたのかも知れません。両人の演奏には無関係に思えることですが、ベルリンという「政治都市」において、最大の資産としてのベルリン・フィルのあり方の変化からは背景としてありうることとも思います。
 
■カラヤンとブルックナー
 
 カラヤンの正規録音盤(ライブなどの別音源を除く)でまず簡単な「棒グラフ」的なものをつくってみました。
<録音年>はベルリン・フィルとの演奏、≪録音年≫はウイーン・フィルとの演奏を示しています。さて、そのうえで、ライブ録音などの別音源盤の数を☆で表示してこれに乗せてみました。

 一目瞭然で8番が突出しており、これに7番、9番がつづきます。また、テ・デウムも主要な演目であったことがわかります。その一方、正式録音が一度きりの演目は、1、2、3および6番であり、4番は2回録音、5番は一度だけですがライブ盤は多くあります。このデータだけで軽率な判断はもちろんできないでしょう。今後も未発掘盤をふくめて新たな音源が登場し、バランスがかわる可能性はあります。その前提で、ですが現状での大まかな観察と少しく大胆な憶測をしてみます。
 
 カラヤンは6→3→2→1番の順で1979ー81年に全集のための録音を行っていますが、初期ブルックナーの取り上げについてはそれ以前もあまり積極的ではありません。その一方、8番をはじめとして後期のシンフォニーははやくから取り上げており、晩年も相当集中して再録対応をしています。7番は結果的に最後の正規盤の録音となりましたが、75年盤について再録を行っている傾向からは、もしも元気だったら8→7番の次は9番、4および5番あたりが候補だったかも知れません。
 ライブ盤(☆)が多いのはザルツブルグ音楽祭でブルックナーを定番メニューとしていたからですが、8番を中心に7,9番および5番の取り上げが多いことが特徴的です。

§ カラヤンのブルックナーの交響曲などの録音グラフ
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第1番<1981>
第2番<1980>
第3番<1980>
第4番<1970><1975>            ☆
第5番<1976>                  ☆☆☆☆
第6番<1979>
第7番<1970><1975>≪1989≫      ☆☆☆☆☆☆
第8番<1944><1957><1975>≪1988≫☆☆☆☆☆☆☆☆☆
第9番<1966><1975>            ☆☆☆☆☆☆☆
テ・デウム<1975>≪1984≫           ☆☆☆☆☆
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(資料)
http://www.karajan.info/index/indexa-b.html#BrucknerAntonから作成

 
 ■カラヤンの交響曲8番
 
 以上を踏まえて、次にもっとも録音の多い8番についてコメントします。ここでは1957年盤と1988年盤を主として取り上げます。
 まず1957年盤ですが実に遅い演奏です(ハース版、[86:57])。その遅さとともに、ベルリン・フィルの音色は、重く、かつ暗い点が特徴です。運行はまことに慎重で、与えられた時間にどれだけ充実した内容を盛り込むことができるかに腐心しているようです。よって、リスナーにとっては、集中力を要し疲れる演奏です。しかし、この1枚が日本におけるブルックナー受容の先駆けになったことは事実で、ながらく8番といえばこのカラヤン盤ありとの盛名を馳せました。

 この8番を聴くと当時カラヤンがフルトヴェングラーのブルックナー演奏を徹底して意識していたのでないかと感じます。そのフルトヴェングラーには1949年に同曲についてベルリン・フィルとの名録音があります。以下はそれについてかって書いた自分の感想です。

ーー聴く前に深呼吸がいるような演奏である。これから音楽による精神の「格闘技」に立ち会うような気分になって・・・。フルトヴェングラーのブルックナーの8番は数種の入手が可能だが、1949年3月14日録音の本盤の録音がベストと言われる。ライブ録音ながら、雑音が少なく比較的柔らかな響きが採れているとはいえ、しかし全般に音はやせており、金管も本来の咆哮ではないであろう。緊張感をもって、無意識に補正しながら聴く必要がある。

  その前提だが、演奏の「深度」は形容しがたいほど深く、一音一音が明確な意味付けをもっているように迫ってくる。それゆえに、テンポの「振幅」は、フルトヴェングラー以外の指揮者には成し得ないと思わせるほど大胆に可変的であり、強奏で最速なパートと最弱奏でこれ以上の遅さはありえないと 感じるパートのコントラストは実に大きい。

  しかしそれが、恣意的、技巧的になされているとは全く思えないのは、演奏者の音楽への没入度が凄いからである。これほど深遠な精神性を感じさせる演奏は稀有中の稀有である。根底に作曲家すら音楽の作り手ではなく仲介者ではないかと錯覚させる、より大きな、説明不能な音楽のエートスを表現しようとしているからであろうか。ーー

 カラヤン盤は、かのウォルター・レッグのプロデュースによる初期ステレオ録音でこの時代のものとしては素晴らしい音色です。フルトヴェングラーと比較して、いわゆるアゴーギク(Agogik)やアッチェレランド(accelerando)は目立たせずテンポは滔々と遅くほぼ一定を保っています。
 音の「意味づけ」はスコアを厳格に読み尽くして、神経質なくらい慎重になされているような印象ですが、その背後には「冷静な処理」が滲み、フルトヴェングラー的感情の「没入」とは異質です。しかし、そこから湧出する音色は、冒頭書いたように重く、暗く、音の透明度は増していますが、なおフルトヴェングラー時代のブルックナー・サウンドの残滓を強くとどめているように感じます。

 象徴的に言えば、フルトヴェングラーは、この曲を舞台に「精神」の格闘技を演じ、カラヤンはそのフルトヴェングラーの「亡霊」との格闘を行っているようです。しかし、過去を払拭せんとするその強烈なモティベーションゆえか、この演奏の緊張感はすこぶる強く、ねじ伏せてでもカラヤン的な濃密な音楽空間を形成しようと全力を傾けており、よってリスナーは興奮とともに聴いていて疲労を感じるのではないかと思います。
 後年のベルリン・フィルとの正規盤(1890年ノーヴァク版、[82:06]録音年月日:1975年1月20~23日、4月22日、録音場所:フィルハーモニーザール、ベルリン)を聴くと、ここでは自信に満ち一点の曇りもないといった堂々たる風情ですが、1957年盤の歴史的な価値は、フルトヴェングラーからカラヤン時代への過渡期における<緊張感あふれる一枚>という観点からも十分にあるのではないでしょうか。
 
  次に30年以上をへた晩年の88年盤(ハース版、[83:33])について。これもテンポが遅く、細部の彫刻は線描にいたるまで周到です。しかし、このなんとも美しい8番を聴いていて、不思議とブルックナー特有の感興が湧いてきません。チェリビダッケの8番の「どうしようもない遅さ」には一種の「やばい」と思わせるスリリングさがあります。彼の東京の実演でも感じましたが、もはや「失速寸前」まで厳しく追い込んでいく演奏の危険性と裏腹に獲得する、得も言われぬライヴの緊張感といった要素があります。
 一方、このカラヤン盤には失速懸念はありません。あるいは、磨きに磨きあげる音の彫琢のためには、このテンポが必要なのかも知れませんが、クナッパーツブッシュを、シューリヒトを、ヨッフムを、あるいはヴァントを聴いてきたリスナーにとって、この演奏の「到達点」はどこにあるのだろうかという素朴な疑問がわいてきます。遅くて、こよなく美しいブルックナー。

 カラヤンは20世紀の生んだ天才的な指揮者です。冒頭書いたとおり、世界政治の坩堝としてのベルリンで、その「孤塁」の安全保障を、結果的にたった一人、1本のタクトで保ってきた稀有な才能の持ち主です。時代の先端をいつも疾駆し、旧習にとらわれ変化の乏しいクラシック界へ常にセンセーショナルに、新たな「音楽事象」を自ら作り出してきました。
 初期には、トスカニーニ張りと言われたその素晴らしいスピード感、常任就任以降の精密機械に例えられたベルリン・フィルの合奏力の構築、また、瞑目の指揮ぶりは聴衆を惹きつけずにはおかず、そのタクト・コントロールのまろやかな巧みさは世界中の音楽ファンを魅了しました。
 加えて、エンジニアとしての知識と直観に裏付けられたCDからビデオに、そしてデジタル化にまでいたる映像美学へのあくなき関心。いくつも並べられるこうしたエピソードとは別に、そのレパートリーの広さと純音楽的で類い希な名演の数々、厖大なライブラリー。スタジオ録音でもライヴでもけっしてリスナーを裏切らない均一な演奏水準・・・。


 カラヤンの演奏にある意味で育てられてきたような世代の自分にとって、また、大阪で、東京で、そして忘れえないザルツブルク音楽祭でそのライヴに感動した過去の体験に思いを馳せつつ、カラヤンの「凄さ」にはいつも圧倒されてきました。

 私は全集ではヨッフムとともに70年代を中心とするカラヤン/ベルリン・フィル盤を座右に置いています。一方、一般に大変高い評価のこの最晩年のウイーン・フィルとの演奏は、もちろんカラヤンらしい完璧志向は保たれていますが、ブルックナー独特の世界に接近するうえで演奏の「エモーション」が物足りない気がします。かってのカラヤンの演奏では感じなかった落ち着きとも諦観ともいえる心象が随所に出ていると思う一方で、フル回転の内燃機関のような燃焼力が弱く、それは遠い残り火のように時たま耳に残るのみです。ここ一番、第4楽章の見事なフィナーレにはかっての感動を追体験しつつも、8番については75年盤のような覇気が懐かしい。自らの加齢の影響もあるかも知れませんが、この演奏を聴くとベルリン(・フィル)の「緊迫」さからの解放をもってか、老いたりカラヤン!との感情を悲しみとともに抱きます。

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