ブルックナー//メモランダムⅠ①ー伝記を読む<幼年編>

ブルックナーオルガン・フローリアン 
The Bruckner Organ, Basilika St Florian, Aug 2006
 
 ブルックナーの伝記を読んでいると、父を早く亡くし母はやむなく教会に彼を預け、親元を離れて教会での寄宿舎生活に勤しむなど、幼少期に結構苦労をしている姿が浮かび上がります。しかし、年譜を見ていくと、少年ブルックナーの「秀才ぶり」を抽出することも十分可能です。
 
 4才でヴァイオリンに親しみ、10才で父の代役としてオルガンを弾き、11才で従兄ヴァイスのもとで通奏低音、和声法などの勉強を開始し作曲にも手を染めます。13才で父の死を契機に聖フローリアン附属学校に入り、カッティンガーからオルガンを学びます。翌年はヴァイオリニスト兼オルガン助手として修道院にとどまり、16才でリンツの師範学校に入学、デュルンベルガーに和声法とオルガンの手ほどきを受けます。このあと数年間は地方の学校の「どさ回り」で苦労もしますが、21才にして母校聖フローリアンに戻り助教授に就任します。しかも、この間、学校での成績は抜群だったことに加えて、オルガンの腕前も上げ、さらに良き先生にも恵まれていたことからも、ご本人の弛まぬ努力の賜とはいえ、当時、オーストリア(ハプスブルク帝国)の一地方にあっては相当恵まれた学習環境にあったとも言えそうです。
 
 聖フローリアン教会には素晴らしいオルガンのほか、併設の図書室には万巻の書物もあったことからも、いわば地方での英才音楽教育を施されたとも言えるかも知れません。少なくとも二十歳前後までは、遅々とした歩みをしていたというよりは、比較的順調に階段を一歩一歩着実に上がっていったと言っても良いのではないでしょうか。
 
 いつもお世話になっている土田本からの引用ですが、ブルックナーはこの時期、ハイドン『天地創造』、『四季』、モーツアルト『ハ短調ミサ』、ヘンデル『メサイヤ』、そしてバッハの多くの作品に加えて、ベートーヴェンの交響曲やヴェーバーの歌劇序曲集に幼年期から青年期にかけて親しみ、また相当な研究をしたと言われます(土田英三郎『ブルックナー』/メモランダム⑥の1を参照)。
 
 モーツァルトやベートーヴェンといったスーパー・天才音楽家とは比類するものではないにせよ、この「若き秀才音楽家」は、オルガニストとして喰っていくには十分な技倆をしっかりと身につけ生計をたてることができるようになります。
 貧乏、父の早世といった逆境にはあったにせよ、周囲は彼の才能を愛し概ね好意的であり(いつの時代、どこにも意地悪な人はいますから、それをあまり強調しすぎることはないようにも考えます)、それがブルックナーの明るい開放的な音楽の一部に結実されていったという解釈もありえるのではないでしょうか。
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