ブルックナー//メモランダムⅢ③ーヴェルザー=メスト(1)

 

 最近、聴いているなかで、同世代の代表的なブルックネリアーナ指揮者の最右翼は、フランツ・ウェルザー=メスト(Franz Welser-Möst, 1960年8月16日 – )ではないかと思う。ブルックナーの5番のライヴ盤(ロンドン・フィル)を聴いて、その瑞々しい音楽に参っている。

 オーストリアのリンツ生まれと聞けば、それだけでブルックナーへの連想にいくだろう。彼のデビューのきっかけは、「1979年カラヤン国際指揮者コンクールでは参加者中最年少ながら、セミ・ファイナリストの一人に選ばれ」たことが大きいだろう。ここで、同国人カラヤンとの縁が結ばれる。

 その後の下積み経験をへて、1990年クラウス・テンシュテットの後任としてロンドン・フィルの音楽監督に就任。自分がはじめて聴いたブルックナーは7番だが、これは、ロンドンのプロムス・コンサートにおけるライヴで、1990年に音楽監督就任が発表されたロンドン・フィルとの初レコーディングである。また、5番は1993年、母国でのウィーン、コンツェルトハウスでのライヴ。ロンドン・フィルとの関係でもブルックネリアーナ指揮者テンシュテットとの後任という結縁がある。

 その後の活躍もめざましく、2002年からはクリーヴランド管弦楽団の音楽監督、2010年からは小澤征爾の後をついでウィーン国立歌劇場音楽総監督に就任する予定。50才の節目でウイーン音楽界に君臨するわけだから、押しも押されもせぬ大家への道を歩んでいると言えよう。

 7番について、かつて下記したが、いま、はまっている5番でもほぼ同様なイメージである。但し、ライブの集中力は、カラヤン、テンシュテットはだしである。ほかにも8番、9番もリリースされており、おそらくは全集を目指すのではないかと秘かに予感する。

http://www.emimusic.jp/artist/welsermost/

 この演奏を聴いていると、まず、カラヤン同様、同国人のブルックナーへの敬愛があるように思える。そうした安易なアナロジーが不味ければ、「(母国作品に対しての)己のテリトリーとしての自覚」と言い換えてもいいかも知れないが、ブルックナー・ファンの聴き手としては、再現する対象との距離の近さに親近感が湧く。
 次にテンシュテット時代からブルックナーを得意とするロンドン・フィルの音質のほの明るさが特徴的だ。ヨッフムの紡ぎ出す南ドイツ的な音色とは微妙に異なる透明度だが、このほの明るさはかなり印象的で、かつブルックナー休止でも十分残響をとり音が途切れない点ではカラヤン、ヨッフム、レーグナー的とも言える。
 また、その運行テンポは比較的軽快(第一楽章で20分を切る)ながら、一音一音を慎重すぎるくらい慎重に重ねていく、折り目正しい丁寧な演奏である。さらに第3楽章など音が重くならず「もたれない」点ではシューリヒト特有の軽やかさの技法を連想させる。
 強奏では十分に鳴らすが、テンポはけっして崩れず背後に冷静さを滲ませる。これも同国人ベームのような沈着さだなと勝手に思う。
 全体に「個性的」ではないが、局所局所の処理が見事に整序されており、ライヴ的な熱狂には与しないぞという自己主張をしているように見受けられる。その意味でジャケットの「若さ」を強調する売り込みとは異質なものを抱くリスナーも多かろう。この段階で「大器」を予感させる十分な佳演である。
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