ブルックナー//メモランダムⅥ⑤ ブルックナーへのいくつかの評価

◆ブラームス

 ブルックナーの場合は、「作品」といったようなものではなくて、それは一つの「陶酔」状態であり、1年か2年のうちに消え去って、忘れ去られてしまうものであろう。ブルックナーの「作品」が不滅だとか、あるいは、交響曲さえそうであろうとは言ったことは、全く笑うべきことだ。

ーフリードリッヒ・クローゼ著「ブルックナーのもとでの修業時代」によって伝えられた発言。

◆ワーグナー

 ベートーヴェン以降における最大の交響曲作曲家である。

◆トーマス・マン

Thomas Mann 1937.jpg

 ブルックナーの「第7交響曲」は、なかば不合理であり、なかば壮大である。アドルノはこの曲について、「原始岩層」の存在を語り、ホルクハイマーは、もし自分が作曲家だったら、やはりこの曲のように作曲するだろうと主張した。

ー1949年1月8日付のエリカ・マンあての手紙

(参考)

パウル・トーマス・マン(Paul Thomas Mann、1875年6月6日1955年8月12日)はドイツ小説家リューベックの富裕な商家に生まれる。当初は実科を学んだが処女小説「転落」が認められて文筆を志し、1901年に自身の一族の歴史をモデルとした長編『ブッデンブローク家の人々』で名声を得る。その後市民生活と芸術との相克をテーマにした『トーニオ・クレーガー』『ヴェニスに死す』などの芸術家小説や教養小説の傑作『魔の山』を発表し、1929年ノーベル文学賞を受賞した。
1933年にナチスが政権を握ると亡命し、スイスやアメリカ合衆国で生活しながら、聖書の一節を膨大な長編小説に仕立てた『ヨセフとその兄弟』、ゲーテに範を求めた『ヴァイマルのロッテ』などを発表。終戦後もドイツに戻ることなく国外で過ごしたが、『ドイツとドイツ人』などの一連のエッセイや講演でドイツの文化に対する自問を続けた。
テオドール・ルートヴィヒ・ヴィーゼングルント=アドルノTheodor Ludwig Wiesengrund Adorno, 1903年9月11日1969年8月6日)はドイツのユダヤ系の哲学者、社会学者、音楽評論家作曲家である。ヘッセン州フランクフルト出身。1930年代ごろからはTheodor W. Adornoという名前の表記を用いた。マックス・ホルクハイマー、次世代のユルゲン・ハーバーマスらとともにフランクフルト学派を代表する思想家であり、その影響は現在でもなお大きい。
マックス・ホルクハイマーMax Horkheimer, 1895年2月14日1973年7月7日)は、ユダヤ系のドイツの哲学者であり社会学者である。フランクフルト大学の社会研究研究所の創設に参加(1930年)。フランクフルト学派の代表だが、1933年のヒトラ-政権成立後、1934年、 アメリカに亡命。コロンビア大学で教鞭を執った。戦後またフランクフルト大学に戻り、同研究所の所長に復帰。同大学学長も務めた。1964年、同大学を退職し、かって彼によって同大学の教授職につくことを排斥されたフランクフルト学派第2世代のユルゲン・ハーバーマスが後任の教授となった。テオドール・アドルノとの共著『啓蒙の弁証法』で知られる。その他の著書に、『道具的理性批判へ向けて』『批判的理論』などがある。ショーペンハウアーのペシミズムへの共感を持つ。
 アドルノ(右)。左はホルクハイマー

◆カール・シュトラウベ

 バッハが体験したような、混沌とした世界のあらゆる問題を、彼は彼の本質の中で変形しなおして、その他には恐らくモーツァルトとヘンデルのみがなしとげたように、一つの統一された感情の複合体へと形成した。新しい作曲家たちの中では、こうした高さに到達したのは、ブルックナーのみである。

ートーマス教会カントールの手紙

(参考)

カール・シュトラウベMontgomery Rufus Karl Siegfried Straube, 1873年1月6日ベルリン1950年4月27日ライプツィヒ)はドイツオルガニスト合唱指揮者。ヘルザ・ヨハンナ(旧姓キュッヘル、1876年1974年)と結婚し、一女エリーザベト(1904年 – 1924年)をもうけた。

◆エルンスト・ブロッホ

 
 

 ブルックナーの芸術の精神は、中世的な落ち着きを保持しているように、その秘密に満ちた「振子の運動」、つまりその運動のの安らぎに満ちた、途方もない持続性は、リズムの「原形態」を反映しているように思われる。

 中世のカトリシズムのインパルスと神々しい状態が、その中で生き生きとしたままで残っており、この音楽は、プラトン的・カトリック的な精神が生き生きと息づいて形成される様子を描写している。つまり、それぞれの創造の、まさに生まれ出ずる場における運動の静けさを描写しているのである。

 従っていわばこの音楽は、事実上、神々の支配の数学に属するように思われる。ちょうど、神々の支配は、その形成力の運動に、自ら安んじているように。

ーグレス著「新しい音楽」から

(参考)

エルンスト・ジーモン・ブロッホErnst Simon Bloch1885年7月8日1977年8月4日)は、ドイツマルクス主義哲学者無神論者神学者ユートピア思想や表現主義の影響下に独特のマルクス主義哲学を展開した。ジンメルの紹介でルカーチと親交を結んだほか、ヴェーバーベンヤミンとも交友をもった。代表作である『ユートピアの精神』や『希望の原理』は、1968年前後の学生運動解放の神学などにも影響力をもった。

◆ハンス・プフィッツナー

Hans Pfitzner by Wanda von Debschitz-Kunowski, ca 1910.jpg 

 私は最近、とりわけあなたに刺激されて、ブルックナーの「第9交響曲」を聴き、もう一度いわば「改宗して」、できるだけそれに美しいものを見い出そうと決心しました。

 しかしむだでした。その結果はと言えば、私は以前よりももっとはっきりと、ブルックナーを本当に「大人物」として拒絶すること、これ以後彼を受け入れようとするいかなる努力もしないこと、そして私はもはや他の人々の判断には全く影響されないであろうということである。

 ただ以前と全く同様に、私はスケルツォのみは、ある程度音楽と着想が現れている作品として、これを例外としている。しかしそれ以外は、ただ強弱と和声の際限のない浪費があるのみである。

 私は、彼は超人的なディレッタントだと言わざるをえない。私はこの意見をもはや変えない。しかし恐らく世間の判断は変わるであろうが、それには15年から20年かかるであろう。

ー1940年9月24日、ワルター・アーベントロートに、「講演、著作、書簡」から

(参考)

ハンス・エーリヒ・プフィッツナーHans Erich Pfitzner, *1869年5月5日モスクワ – †1949年5月22日ザルツブルク)は、ドイツ作曲家指揮者

(出典、引用)『アントン・ブルックナー 』カール グレーベ (著), 天野 晶吉 (翻訳) pp.267-269 

  • 出版社: 芸術現代社 (1986/12)
  • ISBN-10: 4874630731
  • ISBN-13: 978-4874630730
  • 発売日: 1986/12
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