ブルックナー//メモランダムⅦ⑨ 9番ーシューリヒト

ブルックナー:交響曲第9番

① ヨッフム/ベルリン・フィル 1964年(23:11,9:43,27:39)
② ジュリーニ/ウイーン・フィル 1988年(28:02,10:39,29:30)
③ シューリヒト/ウイーン・フィル 1961年(25:30,10:25,20:15)

 上記3枚の9番を聞き比べる。②はとにかく遅く、フレーズをこれでもかと引っ張る演奏、③は同じウイーン・フィルを振りながら第3楽章などは実に恬淡、スッキリと運行しており時間も短い。①はさまざまなオーケストラとの演奏があり、2回目の全曲録音のドレスデン盤を普段は聴いているが、ベルリン・フィルとの旧盤も解釈に基本的な違いはない。しかしベルリン・フィルの個々のプレイヤーの音はクリアでとにかく巧い。時折、その名技に参ったなあ!と感心する。カラヤン君臨時代のベルリン・フィルはカラヤン以外の録音のときはここぞと存分に技を披露している場合があるのではないか。だが、時に巧すぎて、私だけだろうか、<音楽>ではなく<音>に注意がいってしまうという贅沢な悩みもある。
 今日の気分ではシューリヒトがいい。同じウイーン・フィルで聞き比べると②は濃厚すぎて、少しく「けれん味」を感じてしまう。それにブルックナーなら、いくら遅くしてもよいということはないはずだ。第3楽章はいささかテンポが重すぎて疲れる。カラヤン、ジュリーニに共通するが完璧な音の再現のためにテンポを犠牲にしているような部分がないだろうか。それに対して、③は音楽の流れが自然であり、凝縮感も十分である。①もこの点は同様で心が「たゆとうて」くつろいで聴ける。②、③に共通してウイーン・フィルの柔らかな音色は喩えようがなく美しい。この9番に本当にあっている。多くのブルックナー指揮者がこの曲ではウイーン・フィルと共演したい気持ちがわかる気がする。

<別の日にはこう書いた>

 日本には根強いシューリヒト・ファンが多い。自分もその末席に座しているなと思うこともある。いま、もう何度もお世話になっているブルックナーの9番を聴いている。
 なんとも精妙な音づくりに、これぞシューリヒトならではと膝を打つ一方、一種の「軽みの美学」は、待てよ、これってクナッパーツブッシュ的じゃないか?と感じることもある。あるいは両巨頭に<共通した部分>があるというべきか。後期3曲、7,8,9番は、両巨頭とも双璧の拮抗をみせる世紀の名演を残してくれている。どちらが上かはナンセンスな質問であり、リスナーの好みの問題といえるだろう。

 軽快なテンポで、音楽を重くせず、オーケストラの溜まっていくエネルギーを、ヒラリ、ハラリといなしていくような独特のやり口にそうしたことを思う次第だが、その反面、クナッパーツブッシュは時に大爆撃のようなこともやってみせるが、シューリヒトの演奏は最強音でも独特の品の良い美しさを失わず常軌を逸することがない。
 「1958年公演直後のウィーン・フィル、クナッパーツブッシュ、シューリヒトとのヨーロッパ演奏旅行の楽団員用スケジュール小冊子」なるものがあるという(※1)。この2人の関係が気になる。
 シューリヒトは典型的な大器晩成型で、晩年になってから大舞台で活躍したので、クナッパーツブッシュの方が直観的にははるか年上に思えるが、実は、シューリヒトはクナッパーツブッシュよりも8才年長であり、しかも2年近く長生きしていることに驚く。

◆カール・アドルフ・シューリヒト(Carl Schuricht, 1880年7月3日1967年1月7日
◆ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbusch, 1888年3月12日1965年10月25日

 ウイーン・フィルとの関係では、シューリヒトは、その活動の最盛期が、クナッパーツブッシュより後になるので、この「ヒラリ、ハラリの技法」は、もしかするとクナッパーツブッシュ流のウイーン・フィル操舵術を、シューリヒトが、その実、よく心得ていたからかもしれないなと勝手に思ってみたりする。
 ちなみに、この2人は、「難物中の難物」ウイーン・フィルのメンバーが心から敬したという数少ない生粋のドイツの指揮者でもあった(※2)。

※1:http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%80%81%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%B3%E3%80%81R-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%80%81%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%80%81%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC-BOX-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9/dp/B001KNVI84

※2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%88

 

(参考1)バーンスタインのブルックナー 第9番

 
・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調 WAB.109
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 レナード・バーンスタイン(指揮)
 収録時期:1990年2&3月(ライヴ)
 収録場所:ウィーン、ムジークフェラインザール

 バーンスタインの9番を聴く。シューリヒトを聴いたあとでかけたのだが、その相違が興味深い。シューリヒトのほうが恬淡としつつも音色が明るいのに対して、バーンスタインは濃厚な音作りである。バーンスタイン得意のマーラーと感情移入では共通する部分もあるように思える。

http://freizeit-jiyuu.blogspot.com/

(参考2)『ウィキペディア(Wikipedia)』 から抜粋
 シューリヒトの演奏スタイルは、基本的にテンポが非常に速く、リズムは鋭く冴えており、響きは生命力に満ち、かつ透明度の高いものであった。彼の楽譜の読みはどの指揮者よりも個性的で、ある時はザッハリヒに厳しく響かせたり、ある時はテンポを動かしながらロマンティックに歌わせるなど、決して一筋縄ではいかない意外性があったが、音楽全体は確信と明晰さにあふれていた。また、同じ曲でも決して毎回同じようには指揮せず、演奏するたびに新鮮な感動と発見を聴き手に与えるのであった。EMIDecca、コンサートホール協会盤など多数のスタジオ録音が残されているが、放送用録音の発掘も現在盛んに行われている。
シューリヒトはかなり高齢になってから世界的名声を得た人であり、特に晩年はリューマチの悪化により杖をつきながらかなり長い時間をかけて指揮台に登場するのであった。しかしひとたび指揮台に上がると、年齢を全く感じさせない輝かしい生命力が彼の指揮姿からもその音楽からも湧き出て、聴く者に(そしてオーケストラの楽員にも)大きな感銘を与えたのである。能力のない指揮者に対しては口が悪いウィーン・フィルの楽団員に対しても、毅然とした態度で臨んだ。たとえば、1955年3月の初めての顔合わせのとき、だらけたウイーンフィルの演奏態度に腹を立てたシューリヒトは、ブルックナーの第4番を熱血あふれる指揮ぶりでひっぱり、見事にオーケストラを立ち直らせた。こうしたことがあって口さがないウイーンフィルの楽団員もシューリヒトには一目置いて、「偉大な老紳士」と称して特別に敬愛していたという。
1965年ザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮したのが最後の演奏会となり、1967年1月7日に、スイスで亡くなった。86歳没。

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