チェリビダッケ ブルックナー

ブルックナー: 交響曲第7番ホ長調WAB.107 (Bruckner : Symphony No.7 / Berliner Philharmoniker, Sergiu Celibidache) [DVD] [輸入盤・日本語解説書付]

S.チェリビダッケ(Sergiu Celibidache)の名前は、1960年代からクラシック音楽の一ファンになった者にとっては、戦後のベルリンでフルトヴェングラーやカラヤンと活動の時代が重なり、その後、杳として表舞台から消えた「幻の名指揮者」として鮮烈に記憶に刻まれました。「フルトヴェングラーと巨匠たち」という映画があり、チェリビダッケは「エグモント」序曲を振りましたが、正面を見据えた厳しい表情で、これは恐そうな人だな、というのが映像からの第一印象でした。

時をおいて、NHK-FMで彼の名前が登場します。1969年ヘルシンキ芸術週間でのベートーヴェン第5番ピアノ協奏曲は、ミケランジェリのピアノ、チェリビダッケ指揮スウェーデン放送響の演奏。ミケランジェリもレコードが極端に少なく、当時、これはライブによる両完璧主義者の「皇帝」として好事家の間では話題になりました。

「内攻する演奏」ー内に向かって集中力が凝縮していく演奏という点で、チェリビダッケはその師であり、のちに袂をわかつフルトヴェングラーと共通するところがあると思います。また、他では決して聴くことができない彼独自の演奏スタイルをどのオケとの共演においても堅持するという点でチェリビダッケは異彩を放っています。

ブルックナーは、フルトヴェングラー、チェリビダッケともに自家薬籠中の演目です。チェリビダッケは、ベルリン・フィルの戦後復興期の立役者であり、フルトヴェングラー復帰までの間、首席指揮者の地位にありながら1954年に突然身を引くことになります。その後、フルトヴェングラーが復権し歴史的な名演を次々に残し、没後はカラヤンがその跡目を継いで世界最高の機能主義的なオケへとベルリン・フィルを導きます。カラヤンの機能主義は、極論すれば、どんな指揮者が振っても、ボトムラインなく高水準を維持するドイツブランドの「自動精密機械」とでもいうべきイメージをベルリン・フィルに付与しました。

一方でチェリビダッケの流儀はこれと対極とも言えます。ベルリンを去ってのちチェリビダッケはさまざまなオケと共演しながら、徹底した練習によって、楽団の演奏スタイルを強烈に自分流に変えていくと言われました。また、どの作曲家を取り上げても「チェリビダッケの・・」と冠したいような独創性がその身上です。

ブルックナーの交響曲は、指揮者によって解釈の余地の大きい、演奏の自由度の高い作品であり、チェリビダッケにとっては自分の個性をぶつけやすい演目と言えるのかも知れません。1990年10月10日渋谷のオーチャードホールで8番(ノヴァーク版1890年)を聴きましたが、テンポは厳格にコントロールしながら音のダイナミズムを変幻自在に操り、先に記したとおり「内攻し続ける」演奏でした。確信に満ちた演奏であり「天上天下唯我独尊」といった言葉を連想しました。

チェリビダッケは、ヴァイツゼッカー大統領の要請をうけ、1992年にベルリンフィルとの決裂後の最初で最後の演奏会を38年ぶりに果たします。その演目はブルックナーの7番でした。彼がいかにブルックナーに自信をもっていたかの証左ではないでしょうか。

§ 正統と異端

<正統と異端>こうした対立項で、<カラヤンとチェリビダッケ>の関係をあえて見ていくと・・・

チェリビダッケが第二次大戦後のベルリン・フィル復興へいかに貢献したかは有名ですし、フルトヴェングラーはチェリビダッケには「恩ある身」で大変親しく、一方カラヤンは大嫌いでしたから、後任にチェリビダッケを推挙したかったかも知れません。しかし、チェリビダッケは自らベルリン・フィルと対立しここを去りカラヤンがその跡目を継ぐことになります。その後、カラヤンは「帝王」の名をほしいままにし、チェリビダッケは欧州を転戦する道を選ぶことになります。

好悪は別として、商業的にもカラヤンは世界を制覇し<正統>性を誇示しますが、チェリビダッケは反対に、ますます(録音芸術の世界では)幻の指揮者として<異端>性が際だつことになります。

しかし、両巨頭とも鬼籍にはいったいま、今日のリスナーにとってはそうした過去のドラマとは別に純粋に両者の演奏に親しむことができます。カラヤンがベルリンで背負ってきた歴史的、政治的重みは大きかったと思いますし、チェリビダッケはこの間、カラヤンの名声とともにある桎梏からは自由に、自分の音楽に没入できたとも言えるかも知れません。禍福は、<正統と異端>といった単純化だけでは表わしがたいということでしょうか。

§ 禅

チェリビダッケは禅に傾倒していました。映画『チェリビダッケの庭』について安芸光男氏は次のように書いています。

ー 『チェリビダッケの庭』は、音楽と世界についての含蓄の深いアフォリズムに満ちている。そこから彼の思想を要約することばを一つだけ取り出すなら、「始まりのなかに終わりがある」つまり「始まりと終わりの同時性」ということである。これは音楽の開始について、指揮科の学生に語ることばなのだが、それは彼の宇宙観を集約することばでもあるのだ。ー

(引用:http://homepage3.nifty.com/musicircus/aki/archive2/55.htm

ブルックナー指揮者としてのチェリビダッケが、どれほどその音楽と禅との関係を明確に自覚していたかはわかりませんが、上記の言葉はブルックナーの音楽の魅力を見事に表現しているとは言えるでしょう。

「宇宙的」とか「大自然」とかの比喩もブルックナーの音楽ではよく用いられますが、日本人(あるいは日本通)ならではかも知れませんが、枯山水、石庭のイメージも良く似合う気がします。

同じ宗教的な感興に根差すとして、ブルックナーが信仰していたカソリックとチェリビダッケが好んだ禅宗を無理して結びつけるような愚は避けたいと思います。そうしたセンティメントは実はあるのかも知れませんが、どちらにも半可通以下の自分が、聴いていて唯一直観する言葉は「無窮性」です。

「無窮性」と「非標題性」については従来から考えていることですが、最近、これは同じことを違う言葉でいっているだけかも知れない、ともよく思います。

標題性とは「具象的」だが、非標題性とはその反語という意味で「抽象的」と言えると思います。ブルックナーの激烈な大音響やとても優しく美しい旋律(といった「具象」さ)に親しみつつ、なんどもなんども同じ曲を聴いているのは、その背後にある解析不能の何か(言葉で表現できない「抽象的」な何か)に惹かれているからでしょう。チェリビダッケは、上記でそのことをうまく言い得てくれた気がします。

枯山水や石庭も、京都の某寺のようにその前ではうるさい解説は聞きたくありません。ぼんやりと無念の気持ちで時のたつのを忘れるのがいいように思います。ブルックナー然りです。

http://freizeit-jiyuu.blogspot.com/2006/07/blog-post_115231754731087863.html

http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!221.entry

§ いま聴いているもの(以下は引用)

 

1992年3月31日と4月1日、ベルリンのシャウシュピールハウスで、ルーマニア出身の指揮者セルジウ・チェリビダッケが、1954年の決裂以来、38年ぶりにベルリン・フィルの指揮台に復帰した最初で最後のコンサート。演目はブルックナー『交響曲第7番』。この歴史的公演は、当時のヴァイツゼッカー大統領直々の計らいで実現したもの。会場のただならぬ緊張感の中、マエストロのタクトからはベルリン・フィル極上のサウンドが紡ぎだされる。数あるブルックナー7番の演奏の中でも破格に重厚長大で、アダージョに至っては30分を越える大熱演だ。録音を嫌ったチェリビダッケがベルリン・フィルを指揮した唯一の映像としても知られる番組。

[演目]アントン・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調WAB.107

[指揮]セルジウ・チェリビダッケ

[演奏]ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

[収録]1992年3月31日&4月1日シャウシュピールハウス(ベルリン)

[映像監督]ロドニー・グリーンバーグ

■約1時間37分

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC7%E7%95%AA%E3%83%9B%E9%95%B7%E8%AA%BFWAB-107-Philharmoniker-Celibidache-%E8%BC%B8%E5%85%A5%E7%9B%A4%E3%83%BB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E6%9B%B8%E4%BB%98/dp/B009DAA51C/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1399233008&sr=8-3&keywords=%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%93%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%B1+%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC+7

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