ブルックナー:交響曲第9番 フルトヴェングラー

交響曲第9番ニ短調

交響曲第9番ニ短調

本年は、フルトヴェングラー生誕130年。ブルックナーの名演はその中心に位置するが以下は交響曲第9番について。1944年10月7日、ベルリン・フィルとの演奏。現在知られる限りフルトヴェングラー唯一の音源である。テンポが速く全体で60分(特に第2楽章は10分)を切る快速であり、非常に凝縮感のある演奏。

第1楽章の導入部、慎重に手塩にかけるように曲想を提示するので、はじめは「遅い」と感じるかもしれないが、徐々にテンポと音量を上げ第一主題主部では強烈な合奏となる。一瞬の休止ののち朗々と奏でられる第2主題は心奥に素直に響く。以降もテンポは可変的でフルトヴェングラーの微妙なタクト裁きを連想させる。展開部、再現部を通じて、「不安」と克服する意志、「不安定」と強い構造力が対比され、前者を不協和音が表象するが、全体の交錯のなかでは、後者の整序されたポリフォニーが前者を凌駕し終結部は、特に決然たる後者の優越を示しているかのようだ。

第2楽章は、前述のように急なテンポで思い切りのよいスケルツォ。リズムが跳躍し若々しい力動感がある一方、それを覚めた遠目で眺めている老人のごとき詠嘆的エレジーも巧みに挿入される。しかし全般には、フルトヴェングラーお得意の鉈で薪を次々に割っていくような激しいリズムの刻み方が耳に残る。

第3楽章。俊足な前楽章とのコントラストで、冒頭の慎重な処理は第1楽章同様、姿勢を正すような独特の緊張感とともにある。さて、その表情は複雑で解析しにくい。あえて言えば、未完のものは、あるがまま未完で置いておこうといったザッハリッヒな解釈ともいえるかもしれない。ブルックナーが「生との訣別」と言ったという荘厳なコラール風楽曲も、べたつく感情はなく、むしろ凛と美しく上質な響きを際立たせている。その一方、前後では第1楽章とは異なり不協和音の表象も等量に響き渡る。音が重い。その重量感はベルリン・フィル低弦の威力に支えられているが、ワーグナーチューバと交感しつつ、厚みある重層的な響きに結実していく。
フルトヴェングラーのブラームスの名演同様、その構成力からはドイツの誇る「絶対音楽」の精華、ここにありといったアプローチであろうか。静謐なコーダの終了。純音楽的深い感動が後に尾をひく。

→ Bruckner: Symphonies 4,5,6,7,8 and 9 か Bruckner: Symphonies 4 でも入手可能

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