ブルックナー 登山に譬えれば…

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多彩なブルックナー・ワールド。登山に譬えれば、10に及ぶ高山の連峰(交響曲群)があり、さまざまな登山家(指揮者)は、どの山からそれを攻略していくかの登攀戦略を練っていく。その面白さは、眺めている立場(リスナー)からは格別のものがある。

交響曲全集の完成は、いわば連峰制覇記録だが、1番から9番までを標準とすれば、00番や0番を含むかどうか、また9番について輔筆の第4楽章を入れるかどうかといった選択肢(オプション)もある。さらに、登攀ルートについては、概ね3通り(原典版、ハース版、ノヴァーク版)があり、それぞれの山(交響曲各番)によって、どれを選ぶかも重要なメッセージとなっている。

さらに、登攀にあたってのクルー(オーケストラ)の優秀さは絶対的な要素である。3つのメジャー(ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ)のほかプロ・ドイツ系(ドレスデン、ミュンヘン、バイエルンなど)は固有の登攀記録(スコア)をもっている。一方で、アメリカ系(シカゴ、クリーグランドなど)もハンガリー出身の名登山家(ショルティ、ドホナーニ)によって鍛えられ、3メジャーやプロ・ドイツ系に伍している。また、名アルピニストによっては専門のクルーが設けられる場合(ワルター/コロンビア響、クレンペラー/フィルハーモニー管)もあり、これも一流の記録を誇る。

名アルピニスト列伝という観点からは、まず2人の大御所がいる。①フルトヴェングラーと②クナッパーツブッシュである。次に、ブルックナーの音楽価値をいち早く見抜き、それに続こうとしたマーラーの弟子筋の③ワルター、④クレンペラーは別格の地位をしめる。これに続くブルックネリアーナ指揮者として⑤ヨッフム、⑥シューリヒト、⑦ヴァント、⑧チェリビダッケなどが続く。

ブルックナーに限らないが、当代一流のトップランナーとして、ワーグナーとともにブルックナーでも重要な足跡を残した⑨カラヤン、⑩ベーム、⑪ショルティ。マーラーとともにブルックナーも得意とした⑫テンシュテット、⑬ハイティンク、⑭シノーポリ、⑮シャイーなどもいる。

ほかにも⑯朝比奈隆、⑰若杉弘はじめ日本所縁の⑱マタチッチ、⑲ブロムシュテット、そして最後は、遡って⑳ベイヌム、これで20名。まだまだ裾野は広い。

①フルトヴェングラー: フルトヴェングラー ブルックナー

②クナッパーツブッシュ:クナッパーツブッシュ  ブルックナー Knappertsbusch Bruckner 2

③ワルター:ブルックナー/メモランダムⅨ⑨ーB.ワルター、O.クレンペラー、L.マタチッチ

④クレンペラー:クレンペラー ブルックナー交響曲集 <12>

⑤ヨッフム:ヨッフム ブルックナー

⑥シューリヒト:シューリヒト ブルックナー 交響曲第9番 <1>

⑦ヴァント:ヴァント ブルックナー交響曲全集(旧盤)<11>

⑧チェリビダッケ:チェリビダッケ ブルックナー

⑨カラヤン:ブルックナー//メモランダムⅤ④ーカラヤン 再考

⑩ベーム:べーム  Karl Böhm

⑪ショルティ:ブルックナー/メモランダムⅤ④ ーG.ショルティ

⑫テンシュテット:ブルックナー/メモランダム⑦ーK.テンシュテット

⑬ハイティンク:アントン・ブルックナー ~ エディション (Anton Bruckner ~ The Collection) (20CD Box)

⑭シノーポリ:ブルックナー/メモランダムⅡ③ーG.シノーポリ

⑮シャイー:ブルックナー//メモランダムⅥ⑨ HMV最近の注目盤から 4 全集

⑯朝比奈隆:ブルックナー/メモランダムⅦ⑥ー朝比奈隆(2)

⑰若杉弘:ブルックナー/メモランダム⑨ー若杉弘

⑱マタチッチ:ブルックナー/メモランダムⅨ⑨ーB.ワルター、O.クレンペラー、L.マタチッチ

⑲ブロムシュテット:ブルックナー NHK ブロムシュテット

⑳ベイヌム:ブルックナー 選集 ベイヌム 備忘録

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恭賀新年

これを見ればきっと旅行気分!世界の初日の出30選

2018年 元旦

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ブルックナー・ブログにようこそ!

チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ から引用

http://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/ee512fb6eabc747eacb2fa18f9cc1701

下記のカテゴリーからご関心のあるところをご覧ください。古い演奏を好ましく思っているオールド・ファンですが、ブルックナーに少しでも関心をもってもらえたら嬉しく思います。

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ブルックナー 最近聴いているもの

カール・ベーム・コレクション Vol.2 1936-1956 Recordings

カール・ベーム・コレクション Vol.2 1936-1956 Recordings

ベームの古い音源がたくさん出てくるというのは、いまも根強いベーム・ファンの存在を裏付けるものだろう。本集では、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、R.シュトラウスなどの魅力的な演目もふくまれているが、小生のお薦めは3曲のブルックナーの交響曲である。

いずれも戦前(第二次大戦終結以前)の古い音源だが、この時代からベームが先駆的、積極的にブルックナーを取り上げていたことがわかるとともに、音の貧弱さを甘受すれば、その演奏の見事さは特筆すべきものと思う。以下に個別の感想を記しているので、ご参考まで。

・ブルックナー:第4番、第5番 Symphonies No. 4 & 5

・ブルックナー:第7番 Bruckner: Symphony No.7

ブルックナー:交響曲第7番

ブルックナー:交響曲第7番

抑揚はあるが透明な響きとともに第1楽章は開始される。低弦と金管は重厚に、ヴァイオリンと木管のメロディはクリアに奏され、これが見事に融合される。色調は暗から明に、悲から喜に、そしてその逆へと変幻自在に変化するが、基本線はしっかりとしているので聴いていて安定感は揺るがない。第2楽章は意外にも恬淡としておりテンポも遅くない。ワーグナーへの葬送音楽というよりも、ブルックナーの代表的な美しきアダージョを、丁寧に力感をもって再現している感がある。

第3楽章 スケルツォは律動感がありそれなりにドラマティックながら終始オーバーヒートはしない抑制のきいた冷静さが滲む。経験のなせる落ち着きだろう。終楽章、第1楽章同様、オーケストラを誘導しつつ旋律の明晰さ、豊かさが際立つ。自然で無理のないテンポ設定、重畳的で素晴らしいハーモニーには、背後に大家の差配を感ぜずにはおかない。全体として、一切思わせぶりのない、堂々とした正攻法のブルックナーである。

➡ The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner にて聴取

ブルックナー:交響曲第4番

ブルックナー:交響曲第4番

ワルターの4番ではNBC響との1940年2月10日のライヴ録音 Bruckner<Sym.No.4 もある。これは思いがけず「剛の者」の男性的な突進力ある稀有な記録だが、対して20年後の晩年の本盤は、はるかに緩やかで落ち着きに満ちている。

特に第2楽章の諦観的なメロディの奥深さは感動的で、永年この曲に親しんできた大指揮者自身のあたかも送別の辞を聴いているような感もある。第3楽章「狩のスケルツォ」は軽快だが、中間部では一転テンポを落とし、むしろその後の安息や過去の追想を楽しんでいるかのようだ。終楽章は引き締まった秀演。メロディが流麗で胸に響く一方、終結部ではNBC響盤を彷彿とさせる渾身のタクトも連想させる。

発売後、「ロマンティック」の定番の評価がながく続いたが、今日聴きなおしてみると、オーケストラの統制が折々でやや弱く緊迫感に一瞬空隙があるように感じる。されど、老練な大家らしく過度な強調を一切排除した、安定感ある自然体のブルックナーが好きな向きには、ヴァントや朝比奈隆とも共通し、いまも変わらぬ訴求力があろう。

➡ The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner にて聴取

Symphony No.1

Symphony No.1

サヴァリッシュ/バイエルン国立管弦楽団の演奏。ブルックナーの第1番は、ブルックナーがリンツで初演し、その稿である<リンツ版>とその後、ほぼ四半世紀をへて作曲者自身が大きな校正をくわえた<ウイーン版:作曲者晩年の1890/1891年改訂>があります。
サヴァリッシュはリンツ版による演奏で、慣れ親しんだバイエルン国立管弦楽団と息がぴたりを合っていて安定感があります。楽章別の演奏時間が版によって相当違いますが、若きブルックナーの並々ならぬ交響曲への意欲を感じるという意味で私はリンツ版が好きです。サヴァリッシュはブルックナーの交響曲では現状、知られる限りではこのほか3,4,5,6,9番などを録音していますが、特に6番は名演の誉れの高いものです。

サヴァリッシュは、親日家で何度も来日し多くの素晴らしい成果をN響と残してくれましたが、日本では、あまりに人口に膾炙しすぎたせいか、かえって有り難みが薄れていますが、欧州ではまぎれもない「巨匠」です。私は、この1番でサヴァリッシュの端整なアプローチが作品の完成度を少しく高めているようにも感じます。

(参考)
Bruckner: Symphony No. 3 in D Minor
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ノヴァーク版) Bruckner;Sym No 4
ブルックナー:交響曲第5番@サヴァリッシュ/バイエルン国立o. Symphony 5
Bruckner: Symphony No. 5 in B-Flat Major
ブルックナー:交響曲第6番@サヴァリッシュ/バイエルン国立o. (D) Symphony 6
モーツァルト:交響曲第39番、ブルックナー:交響曲第9番 (Mozart : Symphonie Nr. 39, Bruckner : Symphonie Nr. 9 / Wolfgang Sawallisch, Wiener Philharmoniker) [2CD] Symphony 9

ブルックナー:交響曲第3番ニ短調

ブルックナー:交響曲第3番ニ短調

クナッパーツブッシュが自信をもって取り上げた第3番。練習をしなくともこのメンバーなら大丈夫と言い切ったウィーン・フィルを振っての1960年2月14日のライヴ盤。基本は1954年の旧録とかわらず、クナッパーツブッシュのファンなら、<堪らない>節回し。その一方、1954年盤ではスタジオ収録とは思えない縦横無尽さが身上だが、逆に本盤ではセッション録音さながらの丁寧な処理も垣間見えて、その意外性もまた面白い。

クナッパーツブッシュ流の軽ろみの美学―一瞬、肩の力を抜いて、「ひらり」「はらり」と舞うようなスタイル―はやや抑制され、本盤ではむしろブルックナー演奏を気心の知れたメンバーとじっくりと楽しもうとしているかのようだ。
後半にいくにつれ、ドライブ感も増すが、その一方で、ウィーン・フィルの豊麗なる響き、確かな技量を十分に引き出そうとする深い懐も感じさせる。小生の好みは大見得を切るような旧録ながら音質では本盤に軍配。

ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

東西ドイツが冷戦で分断されていた1960年代劈頭、西ではカラヤンが帝王の名を手にしていたが、東のいわばチャンピオンがフランツ・コンヴィチュニーであった。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長、シュターツカペレ・ドレスデン音楽総監督・首席指揮者、ベルリン国立歌劇場音楽総監督という3つの最高ポストについていたのだから、その威光は言うまでもないだろう。
1962年、本格的なステレオ録音時代前に61歳で心臓麻痺で急逝。本盤は1961年、「西側」のウィーン響を振っての「早すぎる」晩年の演奏である。

鷹揚として落ち着いたブルックナーの佳演である。細部に神経がゆきとどき表情は実に豊か(この人の最良の持ち味)ながら、全体では安定した大きなスケール感がある。第2楽章は遅めでテンポ一定、第3楽章は快速で可変的とアクセントの付け方も巧み。客演のウィーン響から見事に生気ある音とライヴさながらの臨場感を引き出している。この時期、リヒテル(カラヤン/ウィーン響 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、他 )を筆頭に東から西への巨匠の客演が外貨稼ぎの目的もあってか盛んに行われたが、コンヴィチュニーもこの金看板を背負った一人であったかも知れない。
真骨頂は終楽章で、熱気を帯び、ブルックナー特有の怒涛のような音の奔流がうねりにうねる。しかもその合間に、主題のメロディは実に慎重に滋味ある響きを奏でる。コンヴィチュニーの力量を知る1枚。

➡ コンヴィチュニー指揮 ブルックナー:交響曲名演集 も参照

ブルックナー:交響曲第6番

ブルックナー:交響曲第6番

ヴァント/ミュンヘン・フィルによる1999年6月24日のライヴ音源。第6番を得意とするヴァントは北ドイツ響を振っての1995年5月15日(ハンブルク)、1996年7月7日(リューベック)でのライヴ盤もあり本曲を積極的に取り上げていたことがわかる。

第6番についてのある種の先入観ー5番と7番の谷間の曲で仄かな明るさが身上(これはベートーヴェンからのアナロジーかも)といった解釈をヴァントはとっていない。色彩的には全般に暗く、5、6、7番には底流で「連続した一貫性」があること、そこをあえて忠実に再現しようとするような解釈を感じる。その姿勢は、奇をてらわず、いつもながら淡々として臨んでおり、ヴァントらしく己は己の道をいくといった気迫も感じる。

細部の丁寧な処理は他番の演奏と変わりないが、第6番では、なかなかしっくりとする演奏に出会わないなかにあって、本盤はあくまでも「ヴァント流」でほかが追随できない高みに上った秀演と言ってよいように思う。ライヴ特有の熱っぽい演奏、そして秘めた意志力が、すべて真率な「音」に転化されていく。そうした「音」束が生き生きと、再現・創造の場でたしかな「運動」をしていると感じるような演奏。名演と思う。

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レーグナー ブルックナー Heinz Rögner Bruckner

ブルックナー:交響曲第4、5、6、7、8、9番、ミサ曲第2、3番、テ・デウム、マーラー:交響曲第3番、他 レーグナー(11CD)

【第4番】

1983年7月および1984年11月に収録されたレーグナー/ベルリン放送響による第4番。
ライヴ盤ではなく、また一気呵成に収録されたわけでもない。いわば、ブルックナーの主力・有名曲をどう演奏するかを考えぬいて、あえて2つの特色を際だたせて世に送った。疾駆感とダイナミズムである(本ジャケットの牧歌的な雰囲気とは真逆)。全楽章のさまざまな音楽シーンにおいて、それ以外の要素は後景に引いている。その思い切った解釈をどう評価するかは難しいが、小生はこの疾駆感は、リスナーをけっして飽きさせず面白いと思う一方、原曲の指示は、第1、第3、終楽章ともにくどくも“ nicht zu schnell”(速すぎずに)であり、この速さゆえに複雑なニュアンスが減殺されていないかどうかは気になるところである。

Symphony 4

【第5番】

1983年9月および1984年1月に収録されたレーグナー/ベルリン放送響による第5番。
録音の技法もあるだろうが、ベルリン放送響の重たい低弦と声量の大きな管楽器を存分に押し出し、スケールの大きなブルックナー・ワールドを表現しようとしている。
第4番 Symphony 4 に比べると要所要所で緩急をかなりつけているが全般にはきびきびとした運行。特に駄演だとダレがちの第2楽章では、情感はややうすいが緊張感をうまく持続している。第3楽章は躍動感にみちており明るい表現に好感。折々のおどけたような、はにかんだような表情も可笑しく、こうした機微の濃やかさはレーグナー Symphony 6  の名演に共通するもの。
終楽章は、第3楽章の表現の多様性をもっと展開してほしいところだが、大上段から打ち下ろすような迫力重視。早業の剣技よろしく、むしろ抒情性を封じ込めたような独特な演奏。

Symphony 5

【第6番】

2001年惜しまれて世を去ったハインツ・レーグナーと手兵ベルリン放送響との演奏。レーグナーのブルックナーは3,4,5,7,8,9番やミサ曲の録音もあり得意の演目。東独出身という点ではテンシュテット、マズアなどと共通し、近代的な機能主義とは異なる良きロマンティシズムを感じさせる好演である。1980年6月ベルリン・キリスト教会での録音だが、かってのカラヤン盤がそうであったように残響がながく美しく響き、独特のブルックナーサウンドを形成している。これが6番のもつ抒情性とよくマッチし聴いていて思わずその端麗な音楽に引き込まれる。際だった個性は表にはでないが、演奏の格調は高く魅力的な1枚である。

Symphony 6

【第7番】

1983年5月、8月に収録されたレーグナー/ベルリン放送響による第7番。
出だしが清々しい。磨き込んだ弦楽器の高音域が心に浸みてくる。それに木管のよく訓練された響きがかぶってくる。並々ならぬ気構えを感じさせる第1楽章である。低弦が控えめに寄り添うが、管楽器は己の個性をときに堂々と主張する。レーグナーの場合、こうした展開は応用自在、ブルックナー各番によって異なる。第4番の疾風迅雷にくらぶれば、7番はインテンポ、表情も豊かでとてもオーソドックスに聴こえる。第2楽章前半はもっとテンポを落としてもいいのにと思う。急く必要はない、十分に聴かせる内容と技量があるのになぜ先を急ぐのかといった感じがある。大家のブルックナーが一般に遅くなることへのこれはアンチテーゼであろうか。短い第3楽章は波長がピタリと合っている印象でドライブ感も心地良い。その勢いのまま終楽章も充実した演奏。ベルリン放送響の音が重畳的に整序されて響き、熱き演奏となっている。

ブルックナー:交響曲第7番

【第8番】

1985年、ベルリン放送局大ホールで収録されたレーグナー/ベルリン放送響による第8番。
レーグナーのブルックナ-の交響曲録音は連続して行われている。第4番(第1稿ノヴァーク版)は、1983年7月&1984年11月、第5番(原典版)は、83年9月&84年1月、第6番(原典版)は最も早く80年6月、第7番(ハース版)は83年5月&8月であり、本8番(第1稿ハース版)は85年5月&7月、そして第9番(原典版)は83年2月に収録された。即ち、本盤の収録は他番とは一定の間をおいて「掉尾」としてなされたことがわかる。版も各番によって異なり、そこにレーグナーのブルックナー解釈の考え方が反映されているだろう。

前半2楽章の速さと直線的なダイナミズム、後半2楽章のじっくりと構えたオーソドックスな演奏のコントラストが本盤の最大の特色であろう。ベルリン放送響はよく訓練されブルックナー好きを唸らせるにたる見事なサウンドを提供してくれている(合奏の統一感とその残響が魅力)。

しかし、前半2楽章のときに息せき切るような速さには賛否両論があるだろう。一瞬もダルにさせない追い込み感からこの速度を良しとする見方がある一方、複雑で分析的なブルックナー音楽の妙味(特に集大成の8番において)がこの速度ではいささかなりと減殺されるとの見解もあると思う。

また、後半2楽章ではテンポを緩め、ボキャブラリーを豊富に盛ろうとしているが、前半とのコントラストが強すぎて、やや忍耐を要する。レーグナーのブルックナー解釈には基本的に共感するものの、全4楽章インテンポでも十分に良い演奏なのにと思うのは小生だけであろうか。

ブルックナー:交響曲第8番

【第9番】

◆第9番

1983年2月に収録されたレーグナー/ベルリン放送響による第9番。第1楽章の遠雷が徐々に近づいてくるような出だしは、その複雑な音型と不協和音によって現代音楽の幕開けを連想させる。それが時代を遡るように古典的なメロディに回帰し、さらに両者がその後交差する。この不思議な音楽空間を、遅いテンポのなかでレーグナーはあるがままに周到に浮かび上がらせている。

ブルックナー:交響曲第9番

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【以下は引用、一部抜粋】

ハインツ・レーグナー・ボックス
ブルックナー、マーラー、ワーグナー編

1978~88年ステレオ録音(DISC1&2はデジタル方式)。ドイツの名匠、ハインツ・レーグナー[1929~2001]の交響曲録音を集めたボックス・セット。
ライプツィヒ出身で、ベルリン放送交響楽団の首席指揮者(1973~93)として多くのレコーディングをおこない、その個性的なアプローチが脚光を浴びていたレーグナーは、1984~89年には読売日響の常任指揮者を務めたこともあり、日本でもお馴染みの存在でした。
レーグナーの芸風は個性的なもので、作品の造形的な要素よりは、音楽の表情豊かな移り変わりや音色の濃淡といった要素を重視しており、サラリとした進行と濃厚な味わいという両極端の要素が混然一体となったような演奏は実にユニーク。その独自の魅力は今聴いても実に新鮮で、ときにみせる局所的な巨大スケールではクナッパーツブッシュに、楽想の変換と経過句の凝った処理ではシューリヒトにもなぞらえられたり、さらには異例ともいえる美しい旋律的表現が多用されるなど、まさに予断を許さぬ展開がレーグナーの面白さであります。

ブルックナーの第4番から第9番までの6曲の交響曲は、どれも高い評価を受けているものばかりで、推進力に富む演奏からは生き生きとした魅力が伝わってきます。(HMV)

 

 

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恭賀新年

本年もどうぞよろしくお願いします。

2017年 元旦

 

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ロスバウト ブルックナー

ハンス・ロスバウト  Hans Rosbaud

2014年6月23日にロスバウトについて略歴を中心に上記に書いた。この人は実力に比して、セッション録音の数が極端に少なく、その結果、これまで日本で話題になることがあまりなかった。今日、ライヴを中心に紹介される機会が徐々に増えつつあるが、ブルックナーに限らずマーラーや現代音楽でも、1950年代から先駆的な取り組みを行っており、今後再評価が必要な名指揮者の一人である。今回、改めてブルックナーのBOXを聴きなおして、素直に良い演奏であると思った。

まず全体の印象からだが、ロスバウトはフランクフルト響や南西ドイツ放送交響楽団(含むフライブルク)の初代のシェフである。たまたまドイツ在住地(フライブルク、その後フランクフルト)でお世話になったこうした管弦楽団と所縁のある指揮者だったことを改めて認識する。

ブラームスにせよブルックナーにせよ、ドイツの田舎で自前の管弦楽団で聴く演奏には滋味溢れたいわゆる土着の魅力がある。バンベルク響などはその最たるものであろう。そうした意味ではバーデン・バーデンはドイツ有数の保養地で富裕層も集まりやや異質だが、そこを本拠とする南西ドイツ放送交響楽団には、温浴療法のあとコンサートで心身ともにリフレッシュしたいといった潜在的なニーズは高いだろう。

もちろん富裕な湯治客だって「ここで最高の音楽を!」とまでは期待はしないだろうが、耳のこえたリスナーに満足のいく一定のレヴェルは要求される。

ロスバウトは、現代音楽紹介の第一人者で幅広いレパートリーを誇った手堅き匠であり、ブルックナー演奏にもドイツ内では定評があった。

◆第2番

はじめに初出の第2番(1956年12月10日、13日)について。1877年稿・ハース版を使用。この版による演奏では、コンヴィチュニーやレーグナー(いずれもベルリン放送響)がある。

本盤は録音が悪く音がやせている(特に管楽器が弱い)のだが、弦楽器の響きは比較的きれいに録れている。全体として落ち着いた演奏である。ともすれば平坦な演奏になりがちで、聴かせどころの処理の難しい第2番だが、第2楽章の生き生きとした表現ぶりは好感がもて、細かく気をつかいながら一時も飽きさせない。第4楽章に入るとオーケストラのノリが俄然良くなり、陰影に富み濃淡のはっきりとついた豊かな表現が迫ってくる。これで管楽器の質量があって録音がもう少し良かったら本当に素晴らしいのにと惜しまれる。

◆第5番

次に5番を聴く。野太いブルックナーで骨格線が透視できるような演奏。低弦の厚みある合奏が強調されて全体に重量感がある。

第2楽章はコラール風の親しみやすいメロディよりも、リズムの切れ味のほうが先立つ感じ。音に弛みがない。ヨッフム同様、オーケストラにエネルギーが徐々に蓄積されていくようなブルックナー特有の緊張感が次第に醸成されていく。南西ドイツ放送交響楽団はけっして上手いオケではないが、一徹にブルックナー・サウンドづくりに集中していく様が連想され好感がもてる。

思い切り明るい色調の第3楽章はテンポをあまり動かさず、小細工を用いずに「素」のままのブルックナーの良さを自信をもって提示している。

第4楽章もリズムの切れ味のよさが身上で、フーガ、二重フーガ、逆行フーガといった技法も、リズミックな処理と自然な「うねり」のなかで生き生きと息づく。最強音の広がりは本録音の悪さでは実は十分には把捉はできないのだが、以上の連続のなかでフィナーレの質量の大きさは想像しうるしそれは感動的。ロスバウトの根強いファンがいることに納得する1枚。

◆第7番

これは卓越した演奏である。はじめはなにげなく聴いていたのだが、徐々に引き込まれロスバウトのブルックナーのアプローチに強い魅力を感じた。

沈着冷静にして、細部をゆるがせにしない丹念な演奏である。その一方で、曲想を完全にわがものとしており、その表現ぶりに曖昧さがない。第1楽章の終結部の音量の規則的リニアな増幅の効果、第2楽章アダージョのきらめきを感じさせつつも滔々たる流れ、第3楽章の厳格なテンポのうえでの凛としたスケルツォ(実に気持ちの良い整然さ)、終楽章も小細工なく、ある意味恬淡にキチンとこなしていくが、ニュアンスは豊かでブルックナーらしい律動感が保たれて心地よい。聴き終わったあとの爽快感がひとしおである。

◆第8番

2番、5番、7番と順に聴いてきて最後に8番を手にとる。ロスバウトの演奏の基本は少しも変わらない。沈着冷静に作品を捉え、即物的(ザッハリッヒ)に忠実に再現していく。この人が並々ならぬ熱意をもって、現代音楽の先駆的な紹介者であったことがわかる気がする。おそらく古典であろうと現代音楽であろうと、どの作品に対しても向かう姿勢が一貫し、読譜能力が抜群で、音楽の構成要素を解剖して、それを組み立て直して再現する能力に長けていたのだろう。

しかし、そればかりではない。大指揮者時代を生きたロスバウトの演奏には、音楽の霊感といった技術を超えるものの自覚ももちろんあったと思う。8番ではそれを強く感じさせる。それはブルックナーの8番が宿している「天上と地上の架け橋のような音楽」でこそ顕著にあらわれる。

諦観的、瞑想的な第3楽章ははるかに「天上」を仰ぎ見ているかのようだが、第4楽章は、ふたたび「地上」に舞い戻り、激しくも強靭なブルックナー・ワールドがそこに展開される。好悪を超えて、優れた演奏成果であることはブルックナー・ファンなら誰でも首肯するだろう。現代の若手指揮者にも聴いてほしいブルックナー音楽の真髄に迫ろうとする内容の豊かな演奏である。

以上、日がな一日、ロスバウトを聴いてきて、その丹念な音作り(とモノラル録音での共通点)からベイヌムをまず連想した。一方、分析的ともいえる演奏スタイル(音の分離と融合の見事さ)ではシノーポリのはしりとも言えそうだ。同時代のフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュとは明らかに異質であり、シューリヒトやヴァントよりも理知的なスタイルが際立ち、またブルックナーの泰斗ヨッフムよりも演奏仕儀に一定感がある。

一方で、熱情的なブルックナー演奏によって、はじめてブルックナーの受容が進んできた当時にあっては、ドイツでも地方部で活動していたロスバウトは、録音の場も限られ、かつ南西ドイツ放送交響楽団との演奏はいかにも地味にうつったかも知れない。

しかし、この録音集を聴く限り、その解釈には今日的にみても共感をもつことができる。もっと多くのブルックナー音源が世に出ることを期待したい。

ロスバルト、手堅き匠のブルックナー選集

ロスバウト ブルックナー BRUCKNER, A.: Symphonies Nos. 2, 5, 7, 8 (South West German Radio Symphony, Baden-Baden, Hans Rosbaud) (1953-1957)

http://www.naxos.com/person/Hans_Rosbaud/31068.htm

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